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ブルックナーハウスでのアンコール


 アンコール! アンコール!
(ドイツ語では ”Zugabe!”、”Zugabe!”)と聴衆が叫んで要求することもあれば、拍手喝采をいつまでもいつまでも?求め続け倒しているかのような場合もあるのでしょうね。

 ブラボーと叫んでいる人もいます。また、耳にキンキンする口笛、いや指笛を吹く人もいるようです。
床を両足でドンドンと叩いて、この時とばかりに運動不足を取り返そうとするかのような人もいますね。
すべて私は体験済み。





            *   *

 2、3ヶ月前のことだったか、オーストリアはリンツにオーストリアの有名作曲家ブルックナーの名を冠したコンサートホール、Brucknerhausブルックナーハウスと称していますが、ドナウ川沿いにあります。わたしにとっては長い間、その建物は高嶺の花の如くただ外から眺めているだけといったわたしとは何の関係もない建築物だと思っていたものでした。

 ところが、何年かが経って、自分だってその建物の中に入って音楽芸術を鑑賞することが出来るようになったのか!? と自分の変貌ぶりにちょっと驚いていましたが、今では身近に芸術に接することが出来るような立場に立っているのだと理解出来るようになりました。
 



 毎年、アントン・ブルックナーを偲んででしょうか、ここでは”Brucknerfestブルックナーフェスト”のイベントが組まれ開催されます。今年は13回目でした。

 そのフェストまたはフェスティバルに招待されたのでした。誰が? 北京からのシンフォニーオーケストラです。北京交響楽団 Beijing Symphony Orchestra http://www.bjso.cn/(中国語)そして私も、です。もちろん、一人切りでは行きませんでしたが。


 さて、来るある晩のコンサートホールは北京からのオーケストラが演奏するということで、リンツにある地元新聞社が何枚かのフリーチケットを読者に抽選で提供するという読者サービスをやっているを目敏く見つけ、まあ、当たることもないだろうといったちょっと冷やかし気分で応募しておいたら、何と、何と、何と運良くも、当選してしまった!

 フリーチケット2枚(2枚というのは当選者ともう一人、多くの場合、コンサートには夫婦二人して行くという伝統というのか、恋人同士でというか、つまりカップル、二人して行くのが粋ということらしく、そんな仕来りというのか、2枚一組といったオファーになっているようです)、そう、2枚当選したので、出かけて行きました。

 中国は北京からオーストリアはリンツまでやって来て、そのオーケストラの演奏が聞ける!?
そんな機会は普通に考えると、滅多にあり得ないこと。わたしはそう思います。奇遇ですね。でも、その滅多にあり得ないようなことを実際に体験してしまった。有難いものです。運が良かったと言えましょうか。当たったから運が良かった、当たらなかったら、やっぱり当たらなかったか、と思うに違いない。当たったから当たった当たったと喜んで出掛けることが出来た。その晩をエンジョイすることが出来た。新聞社の皆さんの、ブルックナーハウスの、北京の交響楽団の皆さんのお陰です。

 高嶺の花のブルックナーコンサートホールの座席に腰掛けている自分などというものは想像だに出来ないものでした。自分は芸術(オーケストラ音楽の生演奏をこの耳で直に聴くなどということは縁がないものと長らく思っていました)とは関係ないと勝手に思い込んでいたのでした。

 ここは日本ではない。ヨーロッパにやってきて、ヨーロッパでなければ出来ないことが出来るということが分かった。その機会が見え隠れしていたのに目敏く見つけることができていなかった。





          *   *

 演奏者の方々も指揮者もアンコールを求められることは伝統的に?知っているようですね。
だから指揮者が悠々と幕の裏に姿を消したと思ったら、何か忘れ物でもして戻って来たのかな、とわたしはつい思ったりしそうになったり、とにかくもう一度姿を現し、歓声を上げながらアンコールを求め続ける聴衆に向かって深々とお辞儀をする。ニコニコしている時もあれば、世は、いや余は満足だといった表情を遠慮そうに見えてくれる。

 そのまま舞台からまた消えたと思ったらまた現れる、―その間、聴衆の拍手は鳴りっぱなし―、指揮者はそんなことを二三度繰り返すこともありますし、お辞儀だけでは満足していないなあ、と最初から解っているのか、既に準備してあったアンコール用の、曲目を弾いて聴衆を満足させる。自分にとっても満足といったところでしょうね。 I am happy! You are happy! We are all happy! 

 さあ、終わりにしましょう。皆さん、席を立って家に帰りましょう。遅くなりますよ。でも、誰も席を立たない。家に帰っても何もやることがない? それよりもここで拍手をやっている方が楽しい、面白い、みたいだし。どうぞ、お気の召すままに拍手の練習を続けて下さい、と言ったところでしょうか。



        *   *

 さて、正確を期すと、それは2013年9月13日(金)のことでした。
Beijing Symphony Orchestra が大ホールで演奏。
正式プログラムの曲目演奏が全部終わった後、もちろん、聴衆は拍手喝采を惜しまない。立ち上がってブラボーを叫んでいる人の声がこの耳に聞こえてきた。

 一度舞台から姿を消した指揮者はまた登場。聴衆に一礼。自分のオーケストラ、楽員たちに対しても拍手をお願いします、といったジェスチャー。そして舞台から姿を消した。

 拍手には拍車が掛っているかのようだ。東洋の中国でも西洋音楽をちゃんと弾けるんだと認識を新たにした人たちがたくさんいるようでもあった。音楽には国境は関係ないということを遅ればせながらも新たに確認させられた。そもそも中国からの演奏を聴いたのは今回が生まれて、そう生まれて初めてなことなのだから、そんな時代錯誤的な野暮な思いにもなる。


 そんなことよりも案の定、いや期待通り、そして伝統に従ってか、指揮者が戻って来た。そしてタクトを手にしたまま、指揮者として役割を取り戻し、オーケストラ演奏を開始した。つまりアンコール演奏だ。

 実に充実した、濃厚な演奏だ。軽さというのか、手抜きというのか、オマケだよ、付け足しといった風には感じられない。正式プログラムの続きのようにその演奏は重厚、この耳を楽しませてくれる。この腹にも響いて来る。素晴らしい演奏ではないか。

 演奏が終わると、聴衆は破れんばかりの拍手の嵐を巻き起こす。近くの人達は腰掛けたままでは居られないということか立ち上がって大きく拍手を送っている。それを横目で観察している私ではあったが。

 指揮者が戻って来た。これで最後にしますよ、皆さん、今晩のプログラムはこれで終わりですよといったサインでも出すのかと思いきや、またも聴衆に背を向けて指揮棒を楽団員に向かって動かし見せる。次の楽曲の開始だ。何が演奏されるのかは、聞いてのお楽しみといった気分にさせてくれる。やはり同じように濃厚な聴き応えるのある演奏が展開される。楽団員たちはもう慣れっこになっているといった風にかんじられないこともない。が、演奏そのものには手を抜いていないことが聞き取れる。

 演奏が終わり、また指揮者が舞台から消えた。もちろん聴衆の拍手は鳴り止まない。いつまで経っても鳴り止まない。アンコール、アンコールと叫んでいる人はいなかった。叫んでいるとすれば、ドイツ語の Zugabe!
Zugabe! と言っていたことだろう。言っていたのが聞こえたとしても、何のことかもしかしたら楽員たちには意味が分からなかったかも知れないとわたしは勝手に思っていた。それは中国語ではないのだから。

 とにかく、拍手が鳴り止まない。そんな会場内の状況を目の当たりにしながら、わたしは隣に腰掛けているいる人に言った。
「このまま真夜中まで続くのかもしれないですね!?」

その人も興奮振りは隠せない。でも真夜中までっていうことはないでしょうといった風。たしかに真夜中まで続くとはわたしも思っていなかった。

 指揮者が戻って来て、タクトを持ってまたも新たな演奏を始めた。聴衆の拍手は止んでいた。演奏が終わった後、指揮者はまたも姿を消した。聴衆からの拍手がまたもなり響き渡る。いつまでも、いつまでも拍手は続く。真夜中まで?


        *   *

 翌日、ブルックナーハウスでの北京オーケストラの演奏についての新聞コメンタールを読んでいたら、最後の行に、昨晩の正式演奏プログラム後のアンコールが計5回であった、と特記(付記?)してあった。それほどまでもアンコールがこれでもかこれでもかといった風に続いたのであった。だからもしかしたら真夜中まで続くかも、とそんな期待もちょっとしてしまった程だった。

 指揮者と聴衆との息が合ったのだろうか。指揮者のサービス精神に脱帽。大いに楽しませていただいた。

別のアンコールのアンコールのアンコール

リンツガイド 
posted by austrian at 15:05 | オーストリアでの日々
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