電話がまた掛かって来た。
わたしはハンディーを直ぐ手に取って、受信用のボタンを押した。
一階玄関先にある固定電話とわたしのPC近くに置いてあるハンディーとは直結している。
「○○○○です」とわたしは直ぐにこちらから名乗った。
相手の便宜を図った次第だ。
「ガチャン」
何だ!? 何なのだ、今のは!?
実はよく起こることなのだ。
こちらが名乗ったと同時にガチャン。
もちろん、ガチャンという名の人が名乗ったのではない。
こんな例は何度あったかもう数え切れないほど。
いわば勝手に電話してきて、こちらが受話器を手に取って名乗ったと思いきや、
一方的に切ってしまう。相手の声はまだ一度も聞いていない。
名も分からない、名も名乗らない人、名も名乗れないのかも、
電話が掛かるかどうか、たまたま我が家の電話番号で実験したのかも。
そんな節にとれないことも
そう、間違い電話をしたらしい。
それともいつもの聞き慣れた声ではなかったので、
電話を間違えたのかもしれないということで即座に切ってしまったのかも。
自分のことしか考えていないかのような電話主、お主良くやるよ、と感心してしまう。
が、それを自分にはこそこそと逃れて認めていたとしても、
わたしには「間違い電話をしてしまいました、すいません」の”間”も ”す”も 出てこない。
失礼千万! 無礼者! とわたしは良く感じたものだが、
何度もそんなことが続くと、そんなものなのかなあ、
とそんな状況を前にして自分に妥協してしまう。
* *
そこで電話が掛かってきたら、こちらからは名乗らずに、
そのまま無言で待つことにしたことがあった。
そーら、電話が掛かってきた。
受話器を取った。でも、何も言わない。
向こうの様子がときに聞こえて来る。
酒場から電話して来ていると分かるような雰囲気が伝わってくる。
電話を掛けて来た人、少々不安そうに聞いてきた。
「○○○○さんのお宅ですか?」
「はい、そうですが」
「奥様はいらっしゃいますか?」
「残念ながら、今席を外しておりますが」
「いつお帰りですか?」
いつお帰りですか、って、そんなこと、お宅には関係ないでしょう!?
と反論したくもなったが、素直に当たり障りなく礼儀正しく応じた。
「分かりません」
「そうですか、じゃあ、また後で掛けなおします」
「そうですか、じゃあ、また後で掛けなおしてください。はい、さようなら」とわたし。
会話が終了した後、遅ればせながら、わたしは不思議がっているのだった。
今電話してきた人は誰だっただろう?
名乗らなければ、名乗るようにさせる、つまり名前を聞くというだけではないか。
またも名前を聞くの忘れてしまった、と。電話修行がまだ足りないわたしを嘆く。
電話が掛ってきていたよ、と後でわが奥様に伝えたら、
「誰から?」
「知らない。名乗らなかったよ」
「だったら聞いたら良かったのに」
全くその通りだと納得、同意せざるを得ない。
関係ない人には名乗りたくないという人もいるようだが、とも思ったが、そう言われてみれば、そうだ。
わたしもドイツ語での電話の受け方(そして掛け方?)のセミナーに出る必要があるかのようだ。
オーストリア風電話応対の仕方、そんな外国人用成人コースはあるのだろうか。
* *
一度、わたしの方から悪戯っぽいことを仕掛けた。
ハンディーのディスプレイを見ると電話を掛けて来た人の電話番号が見えるようになっている。
知っている人の電話番号、日本人女性だ。
それと知っているので、いつもとは違った風に応対した。
「ヨボセヨ!」
「・・・・ 」と相手側は何の反応もない。
「ヨボセヨ! ヨボセヨ?」とわたしはもう一度言い放った。
「・・・・・」と相手側は別の人、ご主人に電話を渡したらしい。
「ヨボセヨ! 何々何々ダ 云々云々ダ」と相手も負けずに外国語で応じてきた。
そんなに長く応じてきても、わたしはこの外国語の初心者で、全然聞き取れない。
電話では 「ヨボセヨ! といったヨボなことぐらいしかまだ応用が利かない。
相手もとぼけて、喋っている相手が誰であるかを察知したかのようで、飽くまでも知らん振り、
乗ってきて、どんどんと喋り捲くり出した。
この御主人、オーストリア人だが、実は韓国に住んだこともあって、
韓国語会話は母国語のドイツ語のように喋る人だ。
逆に一本取られてしまった。26022011