目指すは勿論、リンツ警察署の建物だ。そしてその中にある交通局だ。あの窓口だ。もう顔なじみになっていると思うけど、そんなことおくびにも出さぬ様子、毎回窓口にこの黄色い顔を出す度にはじめて申請に来た人ですよねといったような応対をしている、あの受付の女性、つまりおばさん、その人だ。しらばくれるのもいい加減に止めたらいいのに、とわたしが思っていること、分かっているのかどうなのか。
車を駆りながらもその人の心の内が我が耳に前以て聞こえて来るかのようだ。
「まただわ、あの日本人、懲りずにやって来るわね。答えはいつも同じよ。分かっているのかしら。“二、三週間後に”また来て下さいな」
わたしの番がやって来たので、既に何度も言った、今となっては立派なお手本ドイツ語例文となったものを言い放った。
「書換えの免許証を取りに来ました!」
どうだ、といった風に相手の反応を待つ。待つことに慣れてしまったわけではなかったが、相 手が「ちょっと待ってください」と言う前に、既にわたしは待っている。
「許可は下りたのですか?」
珍しい、わたしに質問してくる。
許可は下りたのですかって?
それはわたしが毎度毎度、毎度あり~だ、聞きたかったことではないですか!?
立場が逆転してしまったようだ。どうしたのだろうか。役所の人でしょ うが、知らない筈ではないのではないのではないでしょうか。
二重、三重と否定されてきてしまった結果がこんな否定表現となって表れてしまうものなのか。人騒がせだ、いや人任せだなあ。
「ええ、昨日聞きましたよ」
わたしは親切にも教えてあげる。
女性役人は安心したかのように、いつもの行動を重ね、一束になった書類を窓口に持って来る。
オーストリア国の運転免許証、一生涯書換えなしで使用できる。そんな 桃色のものが見える。受け取りサインを目の前でした後、のり付きセロファンが一ページ全体に貼り付けられた。そして、待望の、わたしの手に渡された。
「長い間、本当にご苦労様でした」とはその女性役人、わたしに向かって言わないので、わたしは自分で自分に向かって言った。
そのリンツ警察ビルから出た。
郷に入っては郷に従え、といったことわざがあるが、オーストリアに入ったら、オーストリアのやり方に従え、ということなのかもしれない。とにもかくにも、所期の目的は達成された、ということで目出度し、目出度し。Danke.