愛しのアウグスティン2

ウィーンの人たちにとっては大変なことが起こった。そうした困難を迎えたときにも、この愉快な歌い手は相変わらず、好みの酒場へ行っては歌っていた。バックパイプを吹いていた。

ウィーンの人たちはいつものように、いつもの習慣で酒場にやって来ては、酒を注文、仲間や知り合いと談笑するのであった。そこにはまた別の楽しみもあった。アウグスティンが歌って弾いてくれて、そのユーモアたっぷりの歌いぶりに酔うのでもあった。


「赤い屋根」という居酒屋で時を過ごすのが好きなアウグスティンであった。そこでは自分の楽器を巧みに弾き、歌を歌うのであった。ペストがウィーンをそんなにも急速に襲いつつあるとは想像も出来ないことであった。どこもウィーンの市民たちによる伝染を恐れ て酒場への足も向かなくなってきたが、「赤い屋根」はいつも客で満たされた。というのもアウグスティンのユーモア、そこでの飲み物ビールとアウグスティンが弾くバッグパイプの陽気な音を聞いて毎日の苦しみを忘れようとしたからであった。

最初のうちはまだ良かった。アウグスティンも人々を喜ばせることが出来た。だが各家庭に一人、また一人、二人と死亡者が出て来ると、人々は家の外へと出掛けることを本当に避けるようになった。死者を弔うということで家に閉じこもることでもあっただろうが、またペストに罹るのではないかと恐れて外出をしなくなった。

9月のある晴れた日(今から何年前のことになるだろうか)、ある晩のことであった、アウグスティンはいつになく沈み込んでいた。酒場は殆どどこも閉まっていたからであった。自分の楽しい演奏を聞きたいという人がいなくなってしまった。アウグスティン行つけの酒場の店主はペストが襲って来る前のアウグスティンのサービス精神を忘れていたわけではなかった、いつも店を一杯にしてくれていたアウグスティン、今はその酒杯を一杯にしてあげては、お互いに杯を何度も交わすのであった。その日、お客は一人も現れなかった。

 

”Alles ist hin”
( 全ては 去ってしまった・・ 全て、とは何を指しているのでしょうかね 。

お客のこと、楽しく過ごしていた時間のこと、

ウィーン人々が次々にペストで亡くなって行ったこと、
Geld ist weg, 所持金がなくなってしまったこと、
Mäd´l ist weg  あの娘が行ってしまったこと、あの娘ってだれのことだろう?・・・・・・・

Alles ist hin 全てはもうなくなった、この筆者は不思議がっているのですが、、、、)

”Alles ist hin"と何だか悲しそうにリフレーンを口ずさみながら何度も乾杯を繰り返し、塞ぎこんだ自分を慰めるのであった。 真夜中の零時を回る頃には、アウグスティンと店主の二人ともぐでんぐでんに酔っ払ってしまった。自分の家にもう帰らなければならないアウグスティン。夜はとっぷりと暮れた。店主と別れの挨拶を交わした後、以前はあんなにも活気があった演奏会場を去ったのである。

城壁の外にある自分の居所へと戻って行こうとした。が、足が利かない、というのか思うように進めない。アウグスティンの足元 はおぼつかない。千鳥足。

”I bin fett.”と何度も呟きながら歩いていたかは不明。

 

Kohlmarkt 石炭市場から城門へと差し掛かったとき、アウグスティンは何かに躓き、道路の脇に転び、起き上がることも出来ず、そのままそこに留まったまま寝入ってしまった。余りにも深く寝入ってしまったので、ペスト死体運搬人たちが近くで路上に倒れている死体を集め、拾い集めて来た死体が載った荷車に更に新たな死体を載せていっていることも気が付かなかった。

『ほら、こっちの方にも』 

運搬人のひとりが驚いて叫んだ、そして三度 、十字を切った。

『おお、これはアウグスティンではないか! アウグスティンまでもやられてしまっては、世界ももうそんなに長くは続かんな』
 

悲しくも、運搬人たちは車にその死体を載せ、序にバグパイプも死体の上に放り投げた。アウグスティンを載せた死体運搬荷車は St.Ulrich にあるペスト穴へと向って行った。 車にうずたかく積まれて来た死体は全部、大きな穴の中へと捨てられた。

実は、アウグスティンは荷車に載せられたこともまたそこから降ろされたことも身に覚えがなく、寧ろ車の上では死体に混じって、そしてペスト穴の中にあっても恰も自分の家のベッドの中で横たわっているかのようにぐっすりと(正に死んだかのように)眠り続けた。飲み捲くったビールのお陰で前後不覚、自分が自分ではなくなってしまっていた。

翌日、朝の冷気がアウグスティンを目覚めさせた。最初、自分の居場所が良く分からなかった。ブンブンと唸る音がするので、自分の頭の中からだ ろうと思ったが、しばらくすると、そうではないことが分かった。

何百万(!)というハエ~、ハエ~、ハエ~、ハエ~がその辺をブンブンと 彼等なりの音楽を奏でながら飛び回っている音だった。しかも悪臭を放っている。

自分が座っているところが柔らかいので驚いた。自分の下に人間がいる。

死んだ人間だ。

一人?  

いやいや、何百人といるように見えた。

男、女、年寄り、子供と、皆んな一面黒い斑点で覆われてしまっている。

たくさんの死体で一杯になったペスト穴が自分の寝床であったとは!!

 

 

アウグスティン、パニック状態。

『ここから出してくれ! 助けてくれ!』

大声で叫んだが、アウグスティンの声を聞き付ける者はいなかった。

 

アウグスティン、やけっぱち、バックパイプをつかんだ。

死体たちに向って言った。

『このアウグスティンは今までそうやって生きてきたようにして死ななければ成らんのだ。そう、弾くのだ!』

穴の中、座り込んでアウグスティンは不安そうに一曲、また一曲と弾き続けるのであった。

 

教会にやって来た人たちの中には不思議がった。

何だろう、あの演奏は? 

教会から聞こえてくる音楽ではなかったので、音楽が聞こえてくる方へと行って見ると、ペスト穴の中にアウグスティンがいるではないか。

何をしているのか? 死体を前にしての演奏会?

急いでアウグスティンを引き上げたことは言うまでもない。

 

 

ウィーンの空の下、一晩、たくさんの死体と一緒に寝過ごした、しかも全然ペストに 感染しなかった。

そんなニュースがウィーン中を駆け巡った。

かくしてウィーンの人たちは希望を再び見出したのだった。アウグスティンは健康そのもの、ペストは克服できないものではないということがこれで証明されたのだ。アウグスティンは生きた証人。
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